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​代表兼監督 小橋雅也

【ごあいさつ】

1963年の創立より、多くの方々の努力で引き継がれてきた、マウンテンライダーズの代表兼監督を務めさせて頂く事に、

大きな誇りと責任を感じております。

マウンテンライダーズは、歴史をさかのぼると、数多くの国際A級ライダー(プロ)とチャンピオン獲得者を生み出し、その実績について多大な評価をいただいております。

チーム創立してから現在に至るまで、全日本モトクロス選手権大会に途切れる事無く参戦している最古のチームです。
これまでに蓄積した独自の指導ノウハウを生かし、小橋雅也を中心にチームの輪を大切にして、それに関わる人々と夢と喜びを 分かち合い、人々から愛され親しまれ信頼される、世界に通用する強いライダーの育成を目標とします。

これからもモーターサイクルに、より一層の発展に努めて参ります。

今後ともますますのお引き立てを賜りますよう何卒よろしくお願いいたします。

 

【小橋雅也とは

私のモトクロスとの出会いは、自宅近くの空き地でモトクロスバイクに乗らせてもらったことが始まり。

小学生では野球をやっていたが、やがてモトクロスの魅力に興味を持つことになる。

親や人に勧められたわけでもなく、"自分が好きでやってみたい"との思いから始めたモトクロス、小学5年生だった私には運転知識も全くないが毎日友達と近所の空き地に行き、見知らぬ人に無理を言ってバイクに乗らせてもらったのを覚えている。

気づけば夢中に、毎日バイク屋でバイクを眺める私を見兼ねた親に

1985年式のスズキRM80を買ってもらったのが モトクロス ライダーの始まりだった。

初めてコースでライディングしたのがスズキオートランド生駒、同じ生駒山にライダーパークタイチのコースがあると知り、初めて行ったときに衝撃を受けた。

同世代のライダーがとても速く、ジャンプをバンバン飛んでいたことに”負けず嫌い”の私は心に火が付いた。

毎週日曜日にコースでライバルと汗を流す日々...

西日本(カシオタイチ杯)の80ccクラスでチャンピオンを獲得したことにより、当時マウンテンライダースの監督 から、

チームに加入しないかとお誘いの言葉をいただいた。

名門チームでとても厳しいことは知っていたが、断る理由もなくマウンテンライダーズの一員となった。

80ccクラスから2階級特進が認められて1989年ジュニアクラス(現NAクラス)から全日本デビューすることになり

1991年国際A級ライダー(プロクラス)デビューすることになる。

株式会社アールエスタイチの創業者でもある 吉村太一氏 には、海外でのレースやトレーニングを行うためにご協力していただき、AMAスーパークロスチャンピオンの ジェフスタントン や、世界チャンピオンの ジョンファンデンベルグがコーチとしてモトクロストレーニングを行い、AMAスーパークロスや世界選手権のレースにチャレンジできたことは貴重な経験になった。

しかし、1997年に大けが負い引退を余儀なくされる。

その後、懸命なリハビリを経て現役ライダーは途中リタイアとなったが

2010年からSRMマウンテンライダーズの監督として活動。2021年からマウンテンライダーズの代表兼監督として就任する。

【主な戦歴】

1991年 国際A級全日本モトクロス選手権シリーズ125ccクラス ランキング7位(優勝2回)

 

1993年 国際A級全日本モトクロス選手権シリーズ125ccクラス ランキング3位(優勝1回、総合優勝1回)

     ジャパンスーパークロス西宮大会パンパシフィック125ccクラス2位   

 

1995年 国際A級全日本モトクロス選手権シリーズ250ccクラス ランキング7位 

      ジャパンスーパークロスシリーズ250ccクラスチャンピオン(日本人TOP1回)

 

1996年 国際A級全日本モトクロス選手権シリーズ250ccクラス ランキング15位

      世界選手権スーパークロスシリーズに日本代表としてフランス大会とスイス大会出場

 

1997年 シーズン途中に大ケガにより引退を余儀なくされる。

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チーム概要

チーム名 マウンテンライダーズ

所在地    〒574-0013 大阪府大東市中垣内 3-1-25
       株式会社アールエスタイチ内 マウンテンライダーズ

創立       1963年

代表       小橋雅也

チーム員   15名